土木のこころ(復刻版)

田村喜子著土木のこころ(復刻版)

土木には技術と同時に「土木のこころ」が伴わなければならないと私は思う。社会資本、あるいはインフラを整備するに際して、一番核になるのは人間であり、その心だ。(本文より)

現代書林 2021年3月刊(復刻版)

土木のこころ(書籍版) 1,925円 (本体1,750円)

土木のこころ(電子版) 1,650円(本体1,500円)

目次

まえがき

田辺朔郎  京都に琵琶湖の水を引く

廣井勇   土木技術で北の未来を切り拓く

八田與一  台湾、不毛の地に命の水を流す

赤木正雄  砂防技術に生涯をかけた「砂防の父」

釘宮磐   九州と本州を海の底で結ぶ

宮本武之輔 あばれ川を鎮める可動堰

永田年   大型重機が実現した巨大ダム

藤井松太郎 難境に挑む鉄道技師の誇り

富樫凱一  日本列島を道路でつなぐ

栗田万喜三 名城を支えた石積み技術の伝承

仁杉嚴   新幹線を走らせたコンクリート技術

星野幸平  現場を指揮するトビのなかのトビ

笹島信義一 男たちの命をかけた黒部ダム

尾崎晃   自然を味方につけた港湾技術

高橋国一郎 日本の未来をつくった高速道路

大西圭太  安全を守り続けた緻密な保線作業

松嶋久光  仲間とともに生きる立山砂防のヌシ

吉田巖   明石海峡を横断する夢の吊り橋

高橋裕   川と水を知り尽くした河川技術者

小野辰雄  現場の命を支える安全な足場

『土木のこころ』復刊に寄せて


【内容の一部紹介】

まえがき

明治期の一大プロジェクト、琵琶湖疏水の建設を『京都インクライン物語』 にまとめたのは、ちょうど20年前のことになる。そのころの私は土木にはまったくの門外漢で、有態に申せば、土木と建築の区別さえついていなかった。

京都府総合資料館へ通い、資料に目を通すうちに、それまで疏水のことをなにも知らずに過ごしてきたことが無性に恥ずかしく思えた。その水路は市内各地で潤いのある水辺の景観を演出しているが、あまりにも見慣れた風景でありすぎて、疏水がいつ、だれの手で、なんの目的でつくられたのか、知ろうともしなかったし、知る機会を逸してきた。そのことを猛省したのだった。そこで 京都で生を受けたものにとっては産湯を使った水であり、その後はいのちの水となっている疏水の成立ちを、少しでも多くの方に知ってもらいたいとの願いを、この作品に込めた。

 主人公は田辺朔郎、工部大学校を出たばかりの土木技術者であった。

 つづいて同じ人物を主人公として『北海道浪漫鉄道』を書いた。その過程で、私は「土木のこころ」に触れた。自らは危険で過酷な環境に身を置きながら、 将来の豊かな社会の建設に傾注した男が、胸の裡に秘めている心である。土木を選んだ男の使命感といってもいい。私は次第に強く「土木のこころ」に魅せられていった。

そのころ世間ではしきりに「土木の3K」が取り沙汰されていた。しかし各 地の現場を訪れて、その最前線で仕事をしている方たちに接すると、そこにはみじんも「3K」は感じられず、あるのは誇りと自負だけだった。それを感じることが私には快かった。

ある土木技術者はいった。「この道はぼくがつくったのです。ワン・オブ・ ゼムです」。土木とは大勢の人間が心と力をひとつにして取り組むものだということを、私は教えられた。また、別の技術者はいった。「土木屋は岩着にかかっているときに、いちばん燃えます」。人目には触れない基礎づくりこそ、土木の本質であることに私は感銘を受けた。

「恵まれないひとたちに、少しでも暮らしやすい社会資本をつくりたい、そんな思いでぼくは土木を選びました」「ぼくたち土木屋にあるのは、3Kではなく、完成させたときの感動のKです」と熱っぽく語った土木技術者たちを私は忘れることができない。

山海堂から、20世紀が幕を閉じるにあたって、20世紀に活躍した土木技術者をまとめてみないかとご依頼があったとき、人選の段階で心が迷った。結果的に昭和以降から戦後の日本の国土の礎を築いた土木技術者を主に取りあげることとなった。八田與一の嘉南大圳は台湾を舞台としているが、建設当時は日本の国土の一部であったし、それ以上に彼の業績は、のちのちまで人びとの 暮らしに役立つものでなければすぐれた社会資本とはいえず(すぐれた社会資本ほど、日々の暮らしのなかでは、その存在を忘れられるものだが)さらには「飲水思源」の思想を嚙み砕くように教えてくれたのである。

例外として、琵琶湖疏水の田辺朔郎と小樽築港の廣井勇を加えた。二人の活躍期は19世紀末である。しかし彼らが築いた琵琶湖疏水と小樽港は百年以上の時を超えて、いまも現役のすぐれた社会資本たり得ている。明治維新に引き続き、日本の近代化の渦中で青年時代を送り、シビルエンジニアの道を歩いた男たちは、現在同じ道を選んだひとたちよりも、もっと真剣に「シビルエンジニアはいかに在るべきか」という問題に対峙していたように思われてならない。 さらには土木には技術と同時に「土木のこころ」が伴わなければならないと私は思う。社会資本、あるいはインフラを整備するに際して、いちばん核となるのは人間であり、その心なのだ。私は田辺朔郎の琵琶湖疏水と北海道浪漫鉄道を書いたことで、彼の生き方を通して土木の心に触れることができた。いわば 田辺朔郎は私に土木の心を教えてくれたのだ。さらには技術者が備えていなければならない素養にも気づかせてくれた。同時に地域づくり、都市計画は目先のことより、将来を見通した「百年の計」の大切さを垂範した。私は田辺を土木の群像からはずすことができなかった。廣井勇、然りである。

司馬遼太郎さんは「江戸の地は、徳川家康が入府(1590年)したころは、 半ば以上が低湿地だった。その後、縦横に土木工事が施されつづけて市街地化した。こんにちにいたるまで東京の地面で江戸以来の人の汗が落ちなかった土は寸土もない」と書いておられる。

江戸に限らず、日本の国土で人間が住む土に落とした土木技術者の汗を、私は尊いと思うのである。その業績はけっして「忘れ水」とたとえるようなものではない。

本書では20人の「土木屋さん」を取りあげたが、いずれも土木のロマンを 自らの人生に反映させ、国づくりに邁進した男たちであり、荒廃した国土を建て直して今日の繁栄につなげた方たちである。20人を書くことで、私もまたあらためて土木のロマンを見つけたのである。

本書に登場いただいた方の人選はすべて私の責任で行った。20人中、約半数は戦後の国土を築き、いまもなお現役である。立場もわきまえず、敬称抜きで書かせていただいたことを、ここでお詫び申しあげる。また、本書執筆にあたり多くの方々から貴重なご意見をご教示いただいた。お名前を挙げないが、深くお礼申し上げる。最後に、原稿の遅れに忍耐強くお付き合いいただいた山海堂編集部柴野健吾氏に感謝申し上げる。

2002年2月

田村喜子

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